大判例

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水戸地方裁判所 昭和36年(行モ)2号 決定

申請人 椎名喜代松

被申請人 茨城県教育委員会

主文

被申請人が申請人に対し昭和三十六年三月三十一日付をもつてなした分限免職処分は当庁昭和三十六年(行)第六号分限免職処分無効確認事件の判決が確定するに至るまでその効力の発生を停止する。

理由

申請代理人は主文同旨の決定を求め、その理由とするところは別紙「申請の理由」及び「理由の追加」に記載のとおりである。

よつて按ずるに、申請人提出の疎明資料を綜合すると、申請人は東京農業大学を卒業後九州大学法文学部の経済科目を聴講合格した者であるが、昭和十九年十月二十日以来茨城県立結城高等女学校(その後学制改革により茨城県立結城女子高等学校、茨城県立結城第二高等学校と校名変更)に教諭として勤務していたところ、昭和三十年五月十日付をもつて茨城県立大子第一高等学校へ転任を発令されたので、茨城県教育委員会及び同人事委員会を相手方として不利益処分を理由として右転任処分取消請求の訴を当裁判所に提起し、第一審敗訴し(注、水戸地方昭三一(行)二五号、例集一〇巻七号136)これに対し東京高等裁判所に控訴し、目下同裁判所に係属中であること、その間申請人は学校長から再三円満退職の勧告を受けたが、近くなされる筈の控訴審の判決(昭和三十六年三月七日結審)の結果(注、東京高等昭三四(ネ)一六四二号、例集一二巻一一号185)を知るまではこれに応じ難いと拒否してきたところ、被申請人は申請人に対し、昭和三十六年三月三十一日付をもつて地方公務員法第二十八条第一項第一号(勤務実績が良くない場合)及び第三号(その職に必要な適格性を欠く場合)により分限免職処分を発令した事実が認められる。

しかしながら、申請人に地方公務員法第二十八条第一項第一号及び第三号に該当する事由があると認むべき疎明はなく、申請人が被申請人に対して提起した本案の訴(当庁昭和三十六年(行)第六号分限免職処分無効確認事件)の内容にかんがみると、申請人の右訴は一応理由があると認められる。そして前認定のように申請人がさきになされた大子第一高等学校への転任が不利益処分であるとして正当な手続によりその効力を争い、目下右訴訟は控訴審たる東京高等裁判所に係属中であるから、本件免職処分の効力を停止しなければ、申請人はその主張のような損害を蒙る虞があると認められる。そして本件のような場合は行政事件訴訟特例法第十条第二項にいう償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるときに該るものと認める。

そうすると、本件申請は理由があるから、同法第十条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)

申請の理由

一、申請人は、昭和十九年十月二十日以来、茨城県立結城高等女学校に勤務し、右学校は学制改革にともない茨城県立結城女子高等学校、茨城県立結城第二高等学校と校名がかえられたが、引き続き教諭として勤務していたところ、昭和三十年三月末人事において、満五十五歳に達したことを理由に退職を強要された。右退職強要の理由は納得できないため、拒絶したところ、被申請人は報復的に昭和三十年五月十日付をもつて、茨城県立大子第一高等学校へ、不意打ちに転任を発令した。

二、右転任処分は、左の点において無効または違法であつたので、申請人はたゞちに、茨城県人事委員会に提訴し、現在も東京高等裁判所に訴訟係属中である。

(一)、被申請人は教育委員会法に基ずく第三十四条第三項所定の告示をなしておらず、公開の原則ならびに茨城県教育委員会規則に違反し、取消の対象とすべきものであること。

被申請人は自ら申請人が有能であり、校長の片腕として相応しき人物として、大子一高へ転任させたと主張していたが、然りとすれば当然、通常の人事異動期でない時期に行う異例主要な人事として、教育委員会の議を経べきにかゝわらず、これをなしていなかつたものである。

(二)、被申請人の自由裁量権の範囲を逸脱した著るしい不法があり、取消さるべきものである。

イ、右転任処分は著るしく不利益な処分であり地方公務員法第四十一条の趣旨を無視したものである。すなわち、全く通勤不可能な地域にあり、且、教員組合の組織されていない大子一高に転任させ、よつて申請人に精神的、経済的、莫大な損害を被らせたのである。

ロ、右処分は、人事行政上の必要に基ずいてなされたものではない。大子一高の教科の関係は全く考慮せず、農業の免許状を有する教員、すなわち申請人は必要としてはいなかつた。もつとも必要とする教員は国語の免許状を有するものであつた。

ハ、右処分は被申請人の退職強要を拒否したため、報復手段として申請人の再起不能を企図し、その退職を余儀なくせしめるため、組織的計画的になされた恣意的処分である。

三、然るに昭和三十六年三月三十一日付をもつて被申請人は申請人に対し、地方公務員法第二十八条第一項第一号および第三号により分限免職を発令し、右、辞令は同年四月一日申請人に到達した。

処分説明書によれば、勤務実績が不良であるとともに、職員としての適格性を欠くということになつている。

四、本件分限免職処分は、左の理由により無効である。

(一)、被申請人の処分権の濫用に基ずくもので、無効である。

すなわち前記一、二に記載したとおり、昭和三十年以来係争中であることを十分承知しながら、その係争が東京裁判所において不利に展開するに及び、申請人の身分を失わせることによつて、終結せしめようと意図した極めて常識では理解し難い処分権の濫用に基ずく人事であることは明らかである。東京高等裁判所においては、微に入り細に亘り、被申請人側の証人の証言の偽証の摘発、茨城県人事委員会及び水戸地方裁判所の審理に使用された証拠書類の偽造を明らかにし、申請人勝訴の確実になつているものである。被申請人がかかる措置に出た背景には、既に昭和三十一年三月人事以来、毎年退職の強要脅迫がなされ、教育行政と無関係のPTAを動員しての圧迫等、目にあまるいやがらせが続いたものである。特に第一審水戸地方裁判所の判決以後は、当然なさるべき昇給も二回ストツプされ、何等かの機会を利用して免職処分をせんと意図していたものと思われる。

右は、被申請人自らの失態を解決するため権力意識のみをますます過剰にし、権力によつて被申請人の身分を暴力的に奪うことを企図し、ひいては、違法不当な人事の責任者の責任を回避せんとしたものであることは明らかであり、全く処分権の濫用に基ずく無効な処分であることは明らかである。

主権者たる国民は被申請人に対しかゝる権利を法律によつて付与した覚えはない。憲法上にも、公務員に対し、かゝる権限を与えてはいない。

(二)、本件処分は、法律手続を全く無視したもので無効である。

現行、地方教育行政の組織及び運営に関する法律に、教育委員会法が改悪された現在においても、旧教育委員会法の精神は維持されねばならず、告示の原則、公開の原則等は教育委員会規則によつて定められ実施されなければならないにかゝわらず、全く無視されている。

いわんや所属学校長の内申等の手続きは、実質上なされていない。

(三)、本件処分の理由とする勤務実績不良、並びに不適格という事実は、従来具体的に一度も被申請人から指摘されたことはなく、実際も全く存在しないから無効である。

すなわち申請人は教員として誠実に三十七年間(昭和十九年までは栃木県、群馬県の旧制中等学校、小学校等の教諭を歴任した)勤務し、現在においても欠勤なく、年次有給休暇すらほとんどとらず、三六五日の有給休暇を残存している。勤務実績不良などといわれる事実はない。いわんや、適格性なしなどといわれるわけがない。勤務を重ねて熟練を得こそすれ、不適格になるなどというはずがない。

(四)、右処分は労働基準法第二十条に基ずく解雇の予告がなされておらず且解雇予告手当の支給がなされていないから無効である。

五、四記載の事実により、仮に本件処分が無効でないとしても、違法であり取消さるべきものである。

適格性なしとは、大阪地方裁判所並びに福井地方裁判所判例によれば「常に公務員として遵守すべき義務の不履行が存在し、公務員たるにふさわしくないという顕著な特性が存在し、しかも容易に矯正する事ができない程度のものでなければならず」とあり、およそ免許状を所有し、採用試験を通り、勤務を長年実践したものが該当するはずがない。該当するとすれば精神に異常を来し、準禁治産者あるいは禁治産者といわれる程度でなければ不適格と称すべきものではない。

六、申請人は直ちに茨城県人事委員会に対し、不利益処分審査請求をなすとともに、御庁に対し分限免職処分無効確認の訴訟を提起したが、右判定あるいは判決を待つに於ては将来回復し難き損害を被るおそれあるとともに、申請人は約手取り四万五千円の給料によつて一家の家計を維持してきたものであるから、即時、路頭に迷う状態であるので、本件執行停止申請に及んだ次第である。

理由の追加

本件分限免職処分の有効無効違法性を審理する上に、先行する転任処分の取消すべきかどうかの結論が重大なえいきようを持つ事は明白である。

即ち、仮りに転任処分が取消となれば申請人はさかのぼつて昭和三十年五月以来大子一高に勤務すべきでなかつた事になり、辞令の表現の誤りは明白であり、この点からも明白且重大な瑕疵のある行政処分となり無効となる。また一方見方をかえ、実体は理由とする勤務成績不良とか適格性なしと云う事は被申請人としては大子一高の勤務状況に基き、認定をした事に帰し、之また内申書その他の手続は勿論実体的認証を誤つた事に帰し、無効と云われるべきものとなる事は明白である。

故に執行停止の必要性は法律上訴訟上絶対存するものと云うべきものである。然らざれば高等裁判所に於いて分限免職の無効性違法性を申請人としては抗弁として主張立証しなければならぬ事となり、著しく審理の遅延を来す事となり訴訟促進の趣旨と全く反する事となると云うべきである。

勤労者の失業即ち死を意味するものが日本の社会の実態であり、速かに停止決定され度く懇請する。

県教委の不法不当な行政を是正するには司法の力にしか今や期待する事はできない。申請代理人は過去十年間全国の教育行政事件を担当したが、これ程非常識な教育委員会を見た事がない。これでは教員はその地位に安じて教育に専念する事ができず、教育基本法の精神は無視せられ極めて遺憾な状態を招来する事となろう。行政の筋を正し茨城県教育界の暗雲を払いのけるためにも速に執行停止の決定を出されん事を切望する。県教委は後任の発令、補充しておらず、執行停止となつても何等の事務的支障は存しないのである。

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